2009年1月2日金曜日

バグダッド・カフェ

 昨年末に会ったイタリア人の悩みとは、日本のコーヒーがおいしくないというものでした。彼はその妻とフランス語で会話するのだそうですが、その妻のレポートするところによれば、オ・ドゥ・ショセットといって文句をいうらしい。オ・ドゥ・ショセット(eau de chaussettes)ってなにかというと、eauは水、chaussettesは靴下、靴下しぼった水っていう意味らしい。ヨーロッパ人のセンスっていかしてるわ、私はこの悪口をいたく気にいったのですが、確かに日本で飲むコーヒーはヨーロッパで飲むコーヒーとは違う、それくらいは私にだってわかります。

土地あるいは文化におけるコーヒーの違い、こういう話になると必ず思い出す映画があります。それは『バグダッド・カフェ』という映画なのですが、この映画の冒頭に、ドイツ人の忘れていった水筒のコーヒーをアメリカ人が飲むシーンがあるのですね。一口飲んで、顔をしかめて、水を足すんですが、つまりヨーロッパのコーヒーは濃い。あのシーンは、ヨーロッパ人とアメリカ人のコーヒーに対するイメージの違いを如実に現わす、好シーンだと思います。

私がこの映画を見たのは、もう十年くらい前になるんじゃないかな。以前の職場、図書館につとめていた時の話。当時、まわりには映画好きが集まっていたものだから、おすすめしたりされたりして、思えば私の映画に対する好みというのはあの頃に固まった、そんな気もする次第です。

その頃に、見るといいよ、名作だから、といわれたひとつが『バグダッド・カフェ』でした。私、タイトルで思い違いをしていたのですが、これは中近東あたりを舞台とする映画ではなくて、西ドイツ、アメリカの合作、舞台もアメリカはモハヴェ砂漠にたつカフェ。バグダッド・カフェというのは、そのカフェの名前であるのですね。しかし、それにしても独特な印象のある映画でした。全体に重いあるいはくすんだ色調が支配的で、そして映画の内容もそうしたくすみを帯びたものでありました。

アメリカにひとり取り残されたドイツ女が、バグダッド・カフェにやっかいになるという序盤に、そのくすんだ色調は色濃かったように思われます。不和や倦怠があちこちに顔を出して、アンニュイな映画、そんな印象を持ったものですが、けれど時間が過ぎていくごとに、その印象は新たな色で塗り替えられていきます。バグダッド・カフェに新たに加わったドイツ女の、飾らない人柄が魅力的でした。若くもない、美人だったという印象もない。けれど、すごく人懐こくて、すごくチャーミングであった、そういう風に記憶しています。よく働く人、ほがらかで、さんさんと照る太陽のような暖かみをもって、人を、場所をすこやかに変えていった。その変化の様が、ちょっとコミカルで、時に胸をかきむしるかのように切なくて、そして幸いで、いい映画だ、名作だと一押しされる理由がわかろうものでありました。

切なく感じさせたのは、Jevetta Steeleの歌う主題歌、Calling Youのせいもあったと思うんです。絞り出されるような I am calling you の響きに胸はいっぱいになって、それからしばらくの間、心がこの曲にピンで止められたようになって、忘れられなくなってしまった。

I am calling you
Can't you hear me
I am calling you

私は呼んでいます。聴こえませんか、私はあなたを呼んでいます。

切なさに胸がいっぱいになります。なんて美しい歌だろう、泣きそうな気持ちになって思います。

引用

  • Telson, Bob. Calling You.

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