2007年12月10日月曜日

ろりぽ∞

  メイド喫茶が話題になったのはもう何年前のことでしょうか。私も、一度いったことがあります。大阪日本橋の、ソフマップザウルスがあった近く、一階がメイド喫茶、二階が猫喫茶、ビル陰の目立たないところにひっそりとしてあったのですが、さすがに旬のものだからでしょう、入店にはしばらく待たねばなりませんでした。けれど、いくらメイド喫茶がブームだからといって、メイド喫茶の格付け決定戦がテレビ中継されるなんてことはあり得ず、やはりああしたものは特殊な娯楽として一般とは隔絶されたものであると、そのような諒解がなされているように思います、私たちの現実におきましては。

けれど、仏さんじょの『ろりぽ∞』においてはさにあらず、メイド喫茶の格付け戦 — 、メイドコンペは一般に認知されるほどのイベントとして確立しており、そしてその火付け役である総理大臣、彼女は三十代の元声優であるという。このような、現実にはちょっとあり得ない状況で展開する漫画は、当初の微妙にコメントしづらいのりを抜けて、思わぬ方向に舵を切りました。いや、思わぬだなんて、ヒントはもうずいぶん前に示されていました。ただ私が気付いてなかっただけだったのです。

 2巻冒頭において提示された封鎖地区、それが晴海であったこと。そのきっかけとなった事故が起こったのが17年前。けれどさすがにこれではわからん。3巻におけるオタクは危険な犯罪者予備軍発言、そして117号事件。勘のいい人はここでわかったんだろうと思います。けど、私は4巻で決定的な種明かしが行われるまで、そのような仕掛けになっているとは予想だにしていませんでした。しかも、まさか、こんなにもストレートにぶちかましてくるだなんて、正直面食らったといわざるを得ません。

 こうした構造が見えてくれば、件の犯罪予備軍発言をした劇中の記者、大曲という名前にもそれなりの背景が想起されるわけで、やってくれるなあ。現実にあった事件を下敷きにし、それも少なからず驚愕と恐怖と動揺と戸惑いを日本中にまき散らした事件、もうずいぶんと昔のことになって記憶も薄らいではいるんだけど、事件の発覚とその後の報道の異常加熱。忘れないですね。あの時私は高校生で、まあ春夏冬の『アニメ大好き!』を楽しみにしている程度の穏健な少年でしたから、 — 他人事ではないよね。いわれなき非難にさらされることの理不尽。あざけり、嘲笑もあれば、白眼視もあって、まあ私らなんかはまだマイルドなほうだからましでしたけど、けど、本当にあれはひどい出来事でした。その捏造された言説は、ある種のサブカルチャーに決定的な打撃を与えて、当時その矢面に立たされたのは、私らよりみっつよっつほども上の人たちだったろうとは思うのですが、そうした人たち、特に最前線にあった人たちにとっては、一生拭うことのできない記憶であったりするのかもなあと。4巻読むまでドアホ系メイド漫画だと思っていた『ろりぽ∞』に、なんともいえない複雑な気持ちを抱くはめになってしまったのでした。

けど、これも書いておかないとアンフェアだと思うから書きますけど、第1巻読んだ時、引き続き2巻3巻と読んだ時、その時もまた違った意味で複雑な気持ちでありました。積極的に面白くないとはいわないけれど、スイートスポットは無闇に狭い漫画だなと、あたればホームランかも知れないけど、そうでないとつらいなと、そういう嫌いもある漫画です。私に関してはどうかというと、嫌いだったら買ってないと答えるだけで充分かと思いますが、作者がライアーソフトの仏さんじょだからというプラス補正もあるかも知れないので、そのへんは斟酌くださるとありがたいです。

けど、これ推測だから実際のところはわからないですが、仏さんじょにとってはあの事件はやっぱり大きなインパクトを持っていた — 、いやそれはこうした趣味に関わっている人にとっては大同小異同じだとは思うのですが、けどもしかしたら想像を絶する違和感や傷、痛みを残すこともあったのかも知れないなあと思って、それが『ろりぽ∞』を描く動機となったんじゃないかななどと、それゆえに一連の種明かしに多少の息急くような印象を残したんではないだろうかなどと、そんな風に思わせます。

だから、もしかしたら、『ろりぽ∞』の完結は、あの事件にいやおうなく関連付けられた側の人間にとって、ひとつの精算、その記憶を乗り越えさせるきっかけになるんじゃないかと、こういっちゃえば大風呂敷すぎると私自身思いますが、少なくとも作者にとってはそうなのかも。いや、わかりませんよ。なにしろ私のいうことはいい加減です。けど、そういう可能性があるのだとすれば、それはこの漫画にとっての大きな価値になるのではないかと思っています。烙印を押された側の一人として、そう思っています。

  • 仏さんじょ『ろりぽ∞』第1巻 (REXコミックス) 東京:一迅社,2006年。
  • 仏さんじょ『ろりぽ∞』第2巻 (REXコミックス) 東京:一迅社,2006年。
  • 仏さんじょ『ろりぽ∞』第3巻 (REXコミックス) 東京:一迅社,2007年。
  • 仏さんじょ『ろりぽ∞』第4巻 (REXコミックス) 東京:一迅社,2007年。
  • 以下続刊

引用

  • 仏さんじょ『ろりぽ∞』第3巻 (東京:一迅社,2007年)129頁。
  • 前掲,150頁。

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