2007年3月18日日曜日

P. ハート

  『P. ハート』のP.とはなにかというと、pediatricsの頭文字であります。ペディアトリックス、すなわち小児科のこと。小児科医藤咲夏季を主人公として、小児科の現場におけるいろいろが描かれる漫画といえばその雰囲気もつかめるのではないかと思います。子供を患者とする小児科の難しさや、子供と親の関係、心の動いていく様など、小児の病気を軸にドラマが展開され、そしてそれはきっとよりよい方向へと進もうとするものだから、医療を題材としたハートフルストーリーといった感触が読後に残ります。けれど、それらはいわば前景であるというべきで、後景にまで目を向ければ、小児医をとりまく医療の状況や地方における現状など、シビアなテーマが広がっていることがわかります。一見あたりがやわらかなんだけれども踏み込んでみると実は硬派という、多様な読み方、楽しみ方のできる良作です。

私はこの漫画、レディーズコミック『You』を購読していたときに、楽しみにして読んでいたのです。でも、実は最初あんまり好きな漫画じゃありませんでした。もともと内科医だった主人公夏季は、総合病院の小児科を潰させないために小児科に派遣されてきたといういきさつがあって、いうならばこのへんが第一部。私、この頃の夏季があんま好きじゃなかったんですよ。なんかかりかりしているというか、変なプライドの高さがカンに障るというか。けど、小児科医療に従事し、同僚の医師との交流を深めるうちに、そうした面は薄れていき、そして夏季の確執が明らかになる頃には、すっかり好きな漫画になっていたんですね。私は、この漫画がこういう広がりを見せるとはちっとも予想していなかったから、正直あっと思って、ほらこないだいってたでしょう、第一印象が悪いと後で見直される機会があった時に高感度上昇が強く感じられる法則。こいつが見事に発動した瞬間でした。

この漫画、基本的なパターンというのがありまして、患者を前に病気がわからないなどといった難しい状況が提示され、さまざまな試行錯誤、調べたり人に話を伺ったり、あるいはふとしたきっかけが理解に繋がったりなどを経て、核心に迫る。この核心に迫る際の決め台詞、○○を疑いますという時の藤咲先生が格好いいんだよ、凛々しくってさ。まさにブレイクスルーという言葉がぴったりする瞬間で、事態は急転直下、ちょっとしたカタルシスが感じられる、本当に気持ちのいいシーンだと思います。

当初小児科医であることに複雑な思いを抱いていた藤咲先生ですが、自分の胸の奥にうずいていたわだかまりを洗い流した後は、まさしく小児科に誠心誠意邁進するそんな感じになって、総合病院を飛びだし地方にいったり、とにかく面白くて好きだったなあ。で、また読みたいと思って単行本を探したら、なんと2巻までしか出てないんですね。正直驚きましたよ。だって天下の集英社が、単行本の出し渋りをするなんて思いもしなかったものですから。本当、私が好きだったのは地方の医師不足に直面するN県若菜町編だったものですから、それが読めないというのは正直ショックです。

ま、実際問題として、うちには『You』のバックナンバーがそっくり残ってるから、読みたくなりゃなんぼでも読めるんですが、でもそういう問題じゃないと思う。出版は営利事業でもあるけど文化事業でもあるのだから、それゆえの特権も与えられているのだから、こういう良作を埋もれたままにしておくのは勘弁して欲しいと思います。特に、地方での医師不足がかねてより問題となり、また小児科医の自殺が労災と認定されるなど、医療の現場に逆風の状況のあることが無視できないほどにクローズアップされている昨今。『P. ハート』はこうしたことに触れてきた漫画であるわけで、ならばなおさら人の目に触れない状況が続くというのはもったいないことだと思います。

蛇足

藤咲先生が好きです。でも、張玲玉先生がもっと好きです。そう、私は件の法則に『P. ハート』を思い出したのではなくて、白衣を着たこぢんまりとした雰囲気の女の子もとい女性の時点で『P. ハート』を思い出していた。いや、それをいうなら花屋の店長さんの時点からというべきか。とにかくリン先生は31歳小柄童顔大阪弁仕事きっちり、ってもう完璧やないか。とかなんとか思うわけです。以上。

  • 中山亜純,直遊紀『P. ハート』第1巻 (クイーンズコミックス) 東京:集英社,2003年。
  • 中山亜純,直遊紀『P. ハート』第1巻 (クイーンズコミックス) 東京:集英社,2004年。
  • 以下続刊

引用

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