2006年2月6日月曜日

秘密の花園

昨年九月に、突如思い立って読みたくなった『秘密の花園』。その後無事手にすることができて、私が選んだのはというと、偕成社から出ている上下二分冊の版でした。なぜ偕成社なのかというと、児童書を数多く手がける出版社として知られていること、完訳と謳われていること。それに、そもそも、私はこの出版社好きなのです。堅実な感じがするし、ここのを選んで失敗したと思うこともない。偕成社ならめったなことはないだろう。

ずっと以前の話ですが、『ふしぎの国のアリス』で落丁があったとき、取り換えてくれろと出版社に送ったらば、おわびの手紙に添えてノンタンの絵はがきが数枚届けられて、私はいたく心動かされました。この出版社は読者を大切にしてるなと思いましたよ。よりいっそう好きになったと感じた瞬間だったのです。

さて、『秘密の花園』を読んでみてわかったこと。まずは、この翻訳は子供時分に私が読んだものとは違うというものでした。そして、想像していた以上に物語の中で経つ時間が速いということ。メアリがムアに囲まれたミッセルスワイト屋敷にやってきてからというもの、花園を見つけ、ディコンと出会い、そしてコリンの部屋に迷い込んで、そして、そして、魔法が彼ら彼女らを健やかに育むまでの時間はあまりに短く飛ぶように過ぎて、まるで読者である私もが息せききってかけているかのように感じられるほどに急進的に物語は進んでいくのですね。

この物語で語られることは、世の中は魔法に満ちているということで、そのことに気付きさえすれば人は健やかに暮らすことができるということなのです。ふさぎ込んで、ひねくれているのは、よい考えや素晴らしい思いつきに対し心を閉ざしているからなのだと、まさかこれだけ年を経てなお反省させられることがあるとは思いもしませんでした。それに反省だけではないのですね。私は思いの外感銘を受けて、この物語があまりによくできていて、多分に理想的であることも理解しながら、そこにとどまることがありませんでした。メアリが、コリンが、自然に触れて変わっていくというその様は、暗くよどんだ心の闇をはらい、ついに希望を勝ち取るというそのプロセスは、胸にこんこんと流れこむ気持ちのよい清流のようになって、私のかたくなさを洗ったのでした。

児童文学は子供のものでありますが、同時に大人のものであると思います。私はこの話を、誰か子供に読んで聞かせたいという気持ちにいっぱいになって、それはこうした素晴らしい物語があるということを広く知らしめたいという思いもあらば、また私の胸に兆した暖かい光に似た感情を誰かと分かち合いたいという気持ちもあるからでしょう。

  • バーネット,フランシス・ホジソン『秘密の花園』上 茅野美ど里 (偕成社文庫) 東京:偕成社,1989年。
  • バーネット,フランシス・ホジソン『秘密の花園』下 茅野美ど里 (偕成社文庫) 東京:偕成社,1989年。

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